どうやら東南アジアの某工場でトラブルが起きたようだった。香織への挨拶もそこそこに、モリリンはひとり、本社とは別の拠点にある企画8課へ向かうことにした。
(香織先輩に頼ってばかりじゃ、ダメだよね……)
地下鉄の車内で、3通のメールを確認した。異動について人事部から、備品整理について総務部から、そして上司についてショータこと大島翔太からのメールだ。
ゲームではなく研修ソフトを開発すること。これは課長も言ってたこと。本社の机まわりは片付けないでいいということ。つまり長期の異動ではないらしい。そして企画8課の課長は――
「『ゆあろん』のカンダタさん……?」
『ゆあろん』とは大ヒットした恋愛シミュレーションゲーム『You Are Not Alone』のことだ。2年前の作品だが、現在でも続編や派生商品が作られている。自社内で知らない者はいない。
(カンダタさん……恋愛シミュレーションゲーム『ゆあろん』を生み出した、天才ゲームクリエイターだよね……って、なんでその人が研修ソフトをつくるんだろう……うーん)
ショータが無理やり持たせた紙袋を両手に提げ、地下鉄の駅を降りる。
to be continued
「――そんなわけで、さっそく企画8課に行ってもらえるかネ。詳しい話はそこで聞くように」
「え? さっそくって……いま、すぐ、ですか……?」
メッシュ仕様の高級イスにふんぞり返った課長は、むすっとした表情を見せた。
「君ネ。いま言ったとおりなんだがネ。さっそくと言ったらさっそく……」
「課長、ちょっと待ってください」
モリリンの背後から、落ち着いた声が聞こえる。振り返らなくとも分かる。尊敬する先輩、篠崎香織が現れたのだ。
「篠崎クン、なにかネ」
黒髪ショートのパンツスーツ、何事にも手を抜かず面倒見もいい。そんな香織の身長は167cm。150cmのモリリンにとって、彼女は文字通り見上げる存在だ。
「森下さんは、6課でゲーム開発をする、という異動だったはずです。その為の企画も、前回の企画会議を通ってます」
香織の援護射撃が課長を追い込む。
「企画はウチでひきとる」
「しかし、彼女はまだ2年目です。8課で火消しは……」
「篠崎クンが前に言ったとおり、森下クンは2年目ながら優秀だからネ。活躍してもらいたいんだよネ」
「せめて引き継ぎの時間を……」
ぷるるるる、という電話のコール音が香織の言葉を遮った。
to be continued
「――というわけで、森下クン、君はネ、企画8課に行ってもらう」
呼び出しを食らった森下凛は、浜課長の言葉に違和感を覚えた。
(え? スマホアプリの企画6課じゃ……なかったっけ)
聞いていた話と違う。前回の会議で決定したことがひっくり返る。上司の意見と先輩の指示が合ってない。
(よくあること、だよね。ここで逆らっても意味ないよね……)
入社して1年半。想定外の仕事であっても、自分自身を納得させることができるようになっていた。
今にも崩れ落ちそうな書類の山に囲まれた浜課長は、何事もなかったかのように話を続ける。
「企画8課でネ、研修ソフトを開発してもらえるかネ。えーらーにんぐだネ」
「は、はあ……eラーニングですか」
スマートフォン向けソーシャルゲームの企画を担当すると聞いていた。業務のかたわら、企画書をいくつか書き上げていた。課長の言葉通りの任務なら、用意していた企画はゴミ箱行きだ。スマホではなくPCに、娯楽ではなく学習に、アイテム課金ではなくダウンロード販売に、それぞれ意識を切り替えなければならない。
(うぅ、築城ゲームに力士育成ゲーム……せっかく考えたのに)
to be continued
明治大学商学部富野ゼミより
『28歳の仕事術』の感想/コメントを頂きました!

法政大学Webサイトのトップページで、「28歳の仕事術」が紹介されました。
→ 法政大学トップページ

「法政フォトジャーナル」というページでは、詳しく紹介していただいています。
珍しい、3人揃っての写真です。
写真撮影のときに受けたインタビュー内容も紹介されています。
詳細は、下記のページからご覧ください。
→ 法政フォトジャーナル最新号 トップページ
→ 法政フォトジャーナル最新号 「28歳の仕事術」紹介ページ
